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月下

月下

月明かりそのものではなく、佇まいを浮かべこの名前にしました。
図書館の全集コーナーや専門分野のコーナーで棚の上をとるために使う台に座り、本を物色しながらも読みふけってしまう。小説物語のコーナーではない。台の上で脚をくみ厚く重い本のページをその世界に吸い込まれながらめくるような方の肩にあるショールを作ろうと思った。

華やかではないのですがその佇まいがちっとも行儀悪い感じではなく絵画のように似合う方が身につけて欲しいと思った。
そういう方の代名詞として「月下」が浮かびショールが織りあがった。

これにはもうひとつ、物語があります。

20代のころアムステルダム国立美術館でレンブラントの夜警を観賞しました。
ゴッホ好きの友人をゴッホミュージアムに置いて「どうしても行きたいところがあるから」と頬に細かくチクチクと小さな雪を当てながら革靴なのに全速力で走った。転ぶこともなく肩で息をしながらアムステルダムを走った。入場時間に間にあってと祈りながら・・・。
12月中ごろのアムステルダムは吹雪いていて−2°、閉館30分前の受付に雪まみれのまま駆け込んだ。

「もう30分しかないけれどいいの?」と受付の方に尋ねられ迷わず「いい、夜警だけ見れたら」と伝え入場料を払うと「夜警はここ、この階段を・・・」と丁寧に教えてくれた。走って階段を登りどこ、どこ、と小走りに探しながらも素晴らしい作品と建物に囲まれで幸せな時間だった。そしてそのための部屋のような薄暗い場に入るとその存在に振り向き立ち尽くした。


涙を流し閉館時間までずっとそこにいた。吹雪で寒かったから、係員の優しさに感動したから、とても素晴らしい作品だったから涙を流しながら静かにしっかり観賞した。

P1130688.jpg
月下 拡大図 メリノウールを紡ぎ藍、茶などで染めた糸と素のままの糸を織りました。

冬至が近いため外は暗く夜の印象だった。館内に人の気配はなく静けさのなかにいた。
閉館時間すこし前、受付で対応してくれた女性が優しい笑みを浮かべて歩いてきた。
「本当にありがとう。とても素晴らしくて、幸せで、この時間をこの場の全てを大切にする」と伝えた。
女性は私の手を握り紙と何枚かのコインを誰にも見つからないように手渡した。
「もう過ぎていたから」

「あとすこしで閉館だけれど、それまでごゆっくり」
と手でポンと肩に触れ去って行った。

ますます涙が溢れてくるけれどこの好意を無駄にすべく、委ねるように吸い込まれるように身を置き観賞した。

「夜警」だけではなくこの後も素晴らしい作品に出会い心を打ち、培われてきた感覚が手を動かしていく。
アバド指揮のベルリンフィルのマーラーを聴いた時は椅子からたてなくなった。
初来日したブーニンのピアノ、シルヴィギエムのボレロ、クリムトの接吻、ミレー・・・お芝居・・・

あのときの自分のように素晴らしい作品に出会うときにこのショールが側にいますようにと、出会えますようにと、お日さまほどの明るさはない月下のアカリが届きますようにと。

気づかないこともあるけれど、みつかった道を暗くても寒くても歩くことができるのは月下のおかげなのでした。

月下 ブログ

コーヒーを我慢して湯を飲んで貯めたお金で旅に出て、スーパーで買い物をしてホテルで晩ご飯を食べる。
アムステルダムではトラムとコロッケの自動販売機がよかったな。

駅前はクリスマスシーズンを迎える準備のため、帽子を被り鼻を赤くししながらも楽しそうに買い物をする人々で賑わう。雪で冷たい夜もクリスマスも待つ夜となれば明るい雰囲気となる。そんなアムステルダムのホテルで日本で見たことのないポケモンを見た。

そのとき買ったチューリップの球根が我が家に毎年、春を届けてくれます。


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